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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)132号 判決

原告 森竹壽

被告 高等海難審判庁長官

訴訟代理人 堀千紘 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「高等海難審判庁が同庁昭和五五年第二審第一六号機船第八金生丸機船第三清運丸衝突事件について昭和五七年五月二八日言い渡した裁決主文第二項を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

一  昭和五三年三月三一日午後四時五分名古屋港高潮防波堤中央堤東灯台から南東微東二分の一東四六〇メートルの地点において原告が船長として運航する機船第八金生丸(総トン数三六四トン。以下「金生丸」という。)と浦上義三が船長として運航する機船第三清運丸(総トン数二七四トン。以下「清運丸」という。)とが衝突した。右衝突時における両船の船首は、金生丸が北東四分の三北、清運丸が北西二分の一西であり、衝突角度は、金生丸の船首が清運丸の左舷船首にほぼ直角であつた。

二  右衝突に至るまでの両船の運航状況は、次のとおりである。

原告の運航する金生丸は、昭和五三年三月三一日名古屋港に入港の途、同日午後三時四三分ころ名古屋港口第二号灯浮標を右舷側至近距離に通過し、外港第一航路に沿う北東二分の一北の針路とし、機関を約九・五ノツトの全速力として続航し、その後同四時二分ころ第六号灯浮標から南西四分の三西、二五〇メートルの地点で約五ノツトの半速力、同四時三分ころ第六号灯浮標の少し手前で約三ノツトの微速力に減じて進行、防波堤の内に入り、同四時五分少し前、清運丸が船首を右転しながら右前方に迫つたので、機関を全速力後進にかけるとともに左舵をとつたが、清運丸と衝突した。

一方、浦上義三の運航する清運丸は、名古屋港から出港の途、第八号灯浮標に向首する西四分の三北の針路として機関約六ノツトの速力で進行し、午後三時五九分ころ第八号灯浮標六〇〇メートルばかりに近づいたとき、針路を徐々に左に転じ南西微西四分の一西とし、外港第一航路外を続航し、外港第一航路に入つた同四時四分半ころ金生丸を左舷にかわそうと右舵一杯、機関全速力後進としたが、金生丸と衝突した。

三  右衝突事故につき、高等海難審判庁は、第二審として、昭和五七年五月二八日別紙裁決書写しのとおりの裁決をし、本件衝突は、出航中の清運丸が防波堤の入口附近まで航路外を航行したばかりでなく、相手船に対し警告信号を吹鳴せず、接近してからの操船が不適切であつたこと、及び入航中の金生丸が防波堤の外で出航して来る相手船の進路を避けなかつたことがその原因であるとし、原告に対し懲戒として戒告を言い渡した。

四  しかし、本件裁決には、次のような違法事由がある。

(一)  裁決は、金生丸が港則法(以下「法」という。)第一五条に定める避航義務に違反して航行した旨認定しているが、これは、同条の解釈、適用を誤つたものである。すなわち、本件事故の発生は、もつぱら浦上義三が法第一二条、第一四条第一項、港則法施行規則(以下「規則」という。)第二九条の七第四項に違反して清運丸を運航した過失に基因するものであつて、金生丸の操船者たる原告には何らの過失もない。

(二)  裁決は、防波堤の入口及び入口附近は、航路のうちの特定な水域であるから、法第一五条の規定が法第一四条第一項の規定に優先して適用されるというけれども、正当でない。

そもそも法第一五条は、法第二条、港則法施行令(以下「令」という。)第一条別表第一において定める合計四九八港における防波堤の出入口附近についての航法を定めるものであり、これに対し法第一二条は、右四九八港のうちの「特定港」(法第三条第二項による令第二条別表第二によれば、その数は、現在七三港である。)で、規則第八条別表第二において航路が定められているもの(その数は、三六港である。)についての特別の航法を定めるものである。そして、法第一四条第一項は、右航路の外から右航路に入ろうとする船舶についての特別の航法を定めるものであるから、航路が設けられている特定港の防波堤の入口附近にあつては、法第一四条第一項の規定が法第一五条に対し特別規定の関係に立ち、同項が優先して適用されなければならない。

(三)  更に、名古屋港については、特に規則第二九条の七の規定が設けられているから、清運丸のように、総トン数五〇〇トン未満の船舶は、規則第二九条の七第四項により航路の右側を航行すべき義務がある。そして、同項は、法第一四条第三項の特則であるから、右船舶は、他船の有無にかかわらず、常に右側通行の義務がある。したがつて、清運丸が名古屋港を出航しようとするときは、まず法第一二条により航路に入り、次いで規則第二九条の七第四項により航路の右側を航行しなければならない。そして、この航行義務は、港の出入口又はその附近においても、例外が認められていない。むしろ法第一二条は、「特定港に出入」するには、「航路によらなければならない」と定めるのであつて、出入するときにこそ、より航路航行義務は、順守されなければならない。

しかるに、清運丸は、前述したように、外港第一航路に入航せず、かつ、航路外を斜航していたのであつて、このような場合、清運丸は、法に従い正しく入港している金生丸に対し、法第一五条による出船優先権を主張することができないものというべきである。けだし、法第一五条による出船優先権は、これを主張する船舶が少なくとも自ら適法な出航航法をとつていることが当然の前提であるからである。

(四)  以上のように、本件裁決は、法第一五条を適用した違法なものであるから、取り消されるべきである。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因第一項の事実は、認める。

二  同第二項の事実は、認める。

三  同第三項の事実は、認める。

四  同第四項のうち(一)の事実は争う。

同(二)のうち法第一五条が法第二条、令第一条別表第一において定める港における防波堤の出入口附近についての航法を定めるものであること、右港の数が合計四九八港であること、そのうち規則第八条別表第二において航路が定められている特定港の数が三六港であることは認めるが、その余は争う。

同(三)のうち規則第二九条の七第四項が法第一四条第三項の特則であること、清運丸が名古屋港を出港する際、航路を航行していなかつたことは認めるが、その余は争う。

同(四)は、争う。

第四被告の主張

一  本件事故は、原告が法第一五条に定める避航義務に違反して金生丸を防波堤内に入航せしめた過失に基づいて発生したものである。およそ港の防波堤の入口又は入口附近で出入航路が出会うおそれがあるときは、入航船は、法第一五条による出航船優先の原則に基づき、防波堤の外で出航船の進路を避けなければならないのであるから、本件の場合においても、金生丸が、出航しようとする清運丸の進路を避けて、防波堤の外で待機していなければならなかつたのである。しかるに、金生丸は、右避航義務に違反して入航しようとしたため、本件事故が発生したのであつて、金生丸を操船していた原告に過失があることは、明白である。

二  原告は、名古屋港のような航路の設けられている特定港の入口又は入口附近にあつては、法第一四条第一項が法第一五条に優先して適用されるべきである旨主張するけれども、正当でない。そもそも規則第二九条の七は、名古屋港における特定航法を規定したものであるところ、同条第四項は、名古屋港を航行する五〇〇トン未満の船舶につき、行き会い船の有無にかかわらず、常時航路の右側を航行するよう義務づけているものであるから、同項が法第一四条第三項の特別規定であることは、明らかである。そして、法第一四条第一項も航路における航法を定めた規定であるから、同項及び規則第二九条の七第四項と法第一五条のいずれが優先適用されるかは、法第一四条第一項及び第三項と法第一五条との関係を明らかにすることにより定まるものである。ところで、法第一四条第一項及び第三項と法第一五条のいずれを適用すべきかが問題となるのは、本件のごとく港の防波堤の内外を通じて航路が設けられている場合であるが、法第一五条は、その規定から明らかなように、航路のうちの特定部分、すなわち港の防波堤の入口又は入口附近の水域についての航法規定であり、右水域は、航路全体からみれば、その一部であり、かつ、特定された水域であるから、同条が航路の特定部分についての航法規定であることは、明らかである。これに対し、法第一四条第一項及び第三項は、航路一般に通ずる航法規定である。したがつて、前者が特別規定であり、後者が一般規定であるといわなければならない。そうだとすれば、法第一五条が法第一四条第一項及び第三項に優先して適用されるのは、当然であつて、原告の主張は、失当である。

三  原告は、出航船である清運丸が法第一二条、規則第二九条の七第四項の各規定に違反して外港第一航路外を航行し、同航路外から同航路に入航すべく斜航して来たのであるから、清運丸が法第一四条第一項により金生丸を避けるべき義務があり、法に従い正しく入航して来た金生丸につき法第一五条を適用する余地はない旨主張するけれども、法第一五条による出航船優先の原則は、出入航船が防波堤の入口附近において出会うおそれがあるときは、出航船の違法航行の有無を問わず適用されるものであるから、原告の右主張は失当である。けだし、法第一五条の立法趣旨は、港の防波堤の入口及びその附近が防波堤により水路の幅をせばめられて可航水域が狭小となり、出入する船舶がふくそうしているため、通航する船舶が出会うおそれが多く、かつ、防波堤等の影響で複雑な潮汐流を生じ易いなど衝突事故をひき起す可能性が大きいので、出入航汽船が同入口附近で出会うおそれがある場合は、出航船優先とし、広い水域を確保し易い入航船を防波堤外に待機させ、まず出航船を外に出して港内を少しでも広くした後、入航船を入航させることとしたものである。したがつて、航路が設けられている特定港において、出航船が法第一二条、第一四条第一項、規則第二九条の七第四項に違反して航行している場合であつても、出入航船が出会うおそれのあるときには、法第一五条の適用があることは、いうまでもないところであり、しかも、前述のように、法第一五条は、法第一四条第一項、第三項及び規則第二九条の七第四項の特則であるから、これらの規定が競合して適用されるような事案においては、法第一五条の規定が他の規定に優先して適用されることになるのである。このことは、法第一五条の文理解釈からも首肯しうるところである。けだし、法第一五条の「出会うおそれのあるとき」という概念は、法第一四条第三項の「行き会うとき」という概念より広いから、「出会うおそれ」の判断が「行き会うとき」より早く行われる筈であり、そのときには入航船に法第一五条の避航義務が生じていることとなるから、そもそも文理上からいつても、法第一四条第三項、したがつて規則第二九条の七第四項が法第一五条に優先して適用されるなどということは、ありえないものである。

四  仮に原告の主張するように、法第一四条第一項の規定が法第一五条の規定に優先して適用されるとしても、原告に過失のあることは、本件事実関係の下では、明らかである。すなわち、原告は、衝突の約三分前、距離九〇〇メートルばかりのときに、出航して来る清運丸を認めたが、清運丸が航路外を航行していたため、法第一四条第一項に従つて清運丸が自船の進路を避けてくれると思い、約五ノツトの半速力に減じただけで進行し、衝突約二分前になつても約三ノツトの微速力に減じただけで進行し、衝突の直前になつて機関を全速力後進にかけ、左舵をとつたが間に合わず、本件衝突事故に至つたというのである。右の経過からみた場合、原告は、相手船が自船を回避してくれるものと思い込んで、およそ事故を回避するに足りる措置をとつていないのである(減速した行為も事故回避措置としては全く不十分である。)。清運丸が航法に違反し(法第一四条第一項の航法規定の適用を前提とすれば)、進行して来るのであるから、原告としては、避航を促すために警告信号を発するとか、それでも避航の気配が認められなければ、より早い段階で直ちに機関を後進にかけ、行き足を止める等の措置を講じ(海上衝突予防法第三四条第五項、第一七条第三項、第四〇条等参照)、事故の発生を防止すべき注意義務があつたものというべきである。単に航法に従つて航行していれば、それで過失がないということにはならない(本件裁決が清運丸の過失を認めているのも、その趣旨に出ているからである。)。

第五被告の主張に対する原告の認否

被告の主張は、すべて争う。前述したように、金生丸及び清運丸は、いずれも総トン数が五〇〇トン未満の船舶であつて、その船幅は、金生丸が八メートル、清運丸が六・八メートルであるから、両船が規則第二九条の七第四項に従い外港第一航路の右側を航行していれば、幅が約三五〇メートルある同航路においては、両船の出会うおそれは全くなく、したがつて、金生丸につき法第一五条の避航義務が課されることは、なかつた。しかるに、清運丸は、法第一四条第一項、規則第二九条の七第四項に違反して、外港第一航路の外から同航路に斜航しつつ入航し、防波堤の外に出ようとして金生丸の進路をさえぎつたため、金生丸と衝突するに至つたものであつて、原告は、金生丸の運航につき何らの過失もない。

第六証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一項(事故の発生)、第二項(事故発生までの金生丸及び清運丸の運航状況)及び第三項(本件裁決)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、「本件事故が清運丸を操船していた浦上義三の一方的過失に基づいて発生したものであるにもかかわらず、本件裁決は、法第一五条を適用して、原告に同条の避航義務違反による過失があると認定したが、これは、同条の解釈適用を誤つたものであつて、本件事故については、法第一四条第一項を法第一五条に優先して適用すべきである。」旨主張する。

(一)  そこで、まず本件につき法第一四条第一項と法第一五条との適用関係について、検討する。

思うに、法は、港内における船舶交通の安全及び港内の整とんを図ることを目的として制定された法律であるから(法第一条参照)、法第一四条も法第一五条も、ともに港内における航法を定めた規定であることは疑いのないところ、法第一四条は、規則において航路が定められている特定港における当該航路の航法を定めるのに対し、法第一五条は、特定港であると否とを問わず、港内の特定海域、すなわち法第二条、令第一条別表第一に掲げる港の防波堤の入口又は入口附近における航法を定めるものであることは、その文言上明らかであるから、両条の規定対象は、一部重なり合うことがあつても、それぞれ別個であつて、両条は、いわゆる一般規定と特別規定というような関係に立つものではないといわなければならない。

しかし、本件のように、航路の設けられている名古屋港(特定港)の防波堤の入口附近において出入航船が出会うおそれのある場合において、出航船が外港第一航路の外から同航路に入りつつ右防波堤の外に出航しようとするときは、法第一四条第一項と法第一五条の規定対象が重なり合うから、このような場合、両条の適用関係如何が問題となるが、両条の立法趣旨及び法第一五条に何らの例外規定が置かれていないことに徴するときは、法第一五条は、右のような場合でもその適用を排除されないと解すべきである。けだし、法第一四条第一項は、特定港における規則の定める航路(すなわち、本件についていえば、外港第一航路)を航行する船舶と、航路外から航路に入り又は航路から航路外に出ようとする船舶との間の特定航法を定めるものであり、その立法趣旨は、船舶がふくそうし、かつ、大型船が出入する特定港の交通安全確保と円滑な船舶交通を図るため、航路を定めてその航路を航行することを義務づけた法第一二条を受け、航路航行船に優先通航権を与えて航路一般につきこれを保護したものであるのに対し、法第一五条は、港の防波堤の入口又は入口附近で出航船と入航船とが出会うおそれのある場合の特定航法を定めるものであつて、その立法趣旨は、港の防波堤の入口という特殊な狭い海域においては船舶が集中するので、二隻の船舶が同時に出入することを危険とみなし、比較的広い水域にあつて行動が自由と考えられる入航船を防波堤の外で待たせて、出航船を優先させるという、いわゆる一方通航権の設定によつて船舶交通の安全を図つたものと解されるから、港の防波堤の入口又は入口附近という航路の特定水域において入航船が法第一五条の避航義務を免れる理由はないからである。

これを本件についていえば、出航船である清運丸が法第一五条により名古屋港の防波堤の入口附近を出航する権利を有し(所定の航法に従うべきはもちろんである。)、金生丸は、同防波堤の外で待機すべき義務があつたものといわなければならない。

原告は、法第一五条が法第二条、令第一条別表第一において定められている合計四九八港の防波堤の入口又は入口附近についての航法を定める規定であるのに対し、法第一四条第一項は、そのうちの特定港で、かつ、航路の定められている三六港についての特定航法を定める規定であるから、法第一四条第一項は、法第一五条の特別規定に該当し、同項を法第一五条に優先して適用すべきであると主張するけれども、法第一四条が法第一五条に対し特別規定という関係に立つものでないことは、さきに説示したとおりであつて、原告の右主張は、独自の見解であり、採用することができない。

(二)  次に原告は、清運丸が規則第二九条の七第四項に従い外港第一航路の右側を航行していれば、清運丸及び金生丸の各船幅と外港第一航路の幅からみて両船が本件事故現場において出会うおそれは全くなかつたものであつて、本件事故は、清運丸が規則第二九条の七第四項に違反して外港第一航路の外から同航路に斜航しつつ入航して来たため発生したものであるとし、かかる場合には、清運丸は、同航路を適法に航行し、入港する金生丸に対し法第一五条による出船優先権を主張しえない旨主張するので、検討する。

前記争いのない事実(事故発生に至るまでの両船の運航状況)によれば、清運丸は、本件事故の際、外港第一航路外を斜航しながら防波堤入口附近に近づき、午後四時四分半ころ同航路に入つた直後、金生丸と衝突したことが認められるから、清運丸が規則第二九条の七第四項に違反して航行していたことは、原告の主張するとおりである。しかし、法第一五条は、港の防波堤の入口又は入口附近という狭い特定の水域における船舶交通の安全を図るために、出入航船舶が同入口又はその附近において出会うおそれがあるときは、出航船に一方的通航権を認めたものであることは、さきに説示したとおりであり、同条は、出航船の適法な運航を要件としていないから、清運丸が規則第二九条の七第四項に違反して運航されていたか否かを問わず、およそ清運丸が同入口附近において金生丸と出会うおそれがあるときは、金生丸は、法第一五条により同防波堤の外で清運丸の出航するのを待つていなければならなかつたものというべきである。そして、前記争いのない事実によれば、本件事故現場である名古屋港の防波堤の入口附近において清運丸と金生丸とは出会うおそれがあつたことが認められるから、金生丸を操船していた原告は、法第一五条により同防波堤の外で出航する清運丸の進路を避けなければならない義務があつたものというべく、右義務を怠つた原告に過失があることは、明らかである。

そうだとすれば、違法航行していた清運丸は、適法に入航しつつあつた金生丸に対し法第一五条による出船優先権を主張しえないとの原告の前記主張は、理由がないから、採用することができない。

(三)  以上のしだいで、本件事故は、清運丸を操船していた浦上義三が規則第二九条の七第四項に違反した運航上の過失も一因をなすとはいえ、原告の金生丸運航に関する、法第一五条違反による職務上の過失によつても発生したものであると判断すべきであるから、右事実に基づき原告を戒告した本件裁決は相当というべく、右裁決の取消しを求める原告の本訴請求は、失当として棄却すべきである。

三  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判官 小堀勇 吉野衛 山崎健二)

別紙

昭和五五年第二審第一六号

裁決

機船第八金生丸機船第三清運丸衝突事件

岡山県笠岡市飛島六、〇二七番地

受審人 森竹壽

昭和二四年二月九日生

広島県佐伯郡沖美町岡大王一、〇一三番地

受審人 浦上義三

昭和五年八月一一日生

右の事件について、昭和五五年五月二三日横浜地方海難審判庁の言渡した裁決を不当とし、海難審判庁理事官鈴木三雄、受審人森竹壽並びに補佐人田川俊一及び同岸本宗久(いずれも森受審人選任)からそれぞれ第二審の請求があつたので、当海難審判庁は、海難審判庁理事官君島通夫出席のうえ審理し、更に次のとおり裁決する。

主文

本件衝突は、入航中の第八金生丸が、防波堤の外で出航して来る相手船の進路を避けなかつたことと、出航中の第三清運丸が、防波堤の入口付近まで航路外を航行したばかりでなく、相手船に対し警告信号を吹鳴せず、接近してからの操船が不適切であつたこととに因つて発生したものである。

受審人森竹壽を戒告する。

受審人浦上義三を戒告する。

理由

(事実)

船種船名  機船第八金生丸     機船第三清運丸

船籍港   岡山県笠岡市      広島県佐伯郡沖美町

船舶所有者 森忠壽、森夏子、森忠光 浦上海運株式会社

総トン数  三六四トン       二七四トン

機関の種類 デイーゼル機関     デイーゼル機関

出力    六五〇馬力       三五〇馬力

受審人   森竹壽         浦上義三

職名    船長          船長

海技免状  乙種二等航海士免状   乙種二等航海士免状

事件発生の年月日時刻及び場所

昭和五三年三月三一日午後四時五分

名古屋港

第八金生丸(以下単に「金生丸」という。)は、鋼材六二一トンを載せ、船首三・二〇メートル船尾三・七〇メートルの喫水で、昭和五三年三月三〇日午後五時和歌山下津港を発し、名古屋港第四区住金物産岸壁にいたる航行の途、翌三一日午後三時四三分ごろ名古屋港口第二号灯浮標を右舷側近距離に通過したとき、受審人森竹壽は、見張りを兼ねて操舵に当たり、機関を約九・五ノツトの全速力にかけ、外港第一航路(以下単に「第一航路」という。)を、これに沿うほぼ北東二分の一北(磁針方位、以下同じ。)の針路に定めて進行した。

同四時一分ごろ高潮防波堤入口約六〇〇メートル足らずに近づいたが、このころ右舷船首約一点一、四〇〇メートルばかりのところに、航路外から同防波堤入口に向首して出航して来る第三清運丸(以下単に「清運丸」という。)が認められ、同船とは防波堤入口付近で出会うおそれがある状況であつたが、森受審人は、第一航路を出航中の大型船を認めたものの清運丸には気づかず続航し、同時二分ごろ名古屋港第六号灯浮標(以下灯浮標名については名古屋港を省略する。)から南西四分の三西二五〇メートルばかりの地点に達したとき、右舷船首約一点四分の一距離九〇〇メートルばかりのところに、出航して来る清運丸を初めて認めた。

このような場合、入航する金生丸側において、直ちに行きあしを止めるなどして、港則法第一五条の規定に従い、防波堤の外で清運丸の進路を避ける必要があつたが、森受審人は、清運丸が未だ航路外を進行しているところから、同船において同防波堤内の航路外で自船の進路を避けてくれるものと思い、約五ノツトの半速力に減じたのみで進行した。

その後清運丸が依然として出航態勢のまま接近したが、森受審人は、同時三分ごろ第六号灯浮標の少し手前で約三ノツトの微速力に減じて進行するうち、防波堤の内に入り、同時五分少し前同船が船首を右転しながら右前方至近に迫つたので、衝突の危険を感じ、機関を全速力後進にかけるとともに左舵をとつたが、効なく、同四時五分名古屋港高潮防波堤中央堤東灯台(以下単に「東灯台」という。)から南東微東二分の一東四六〇メートルばかりの地点において、ほぼ北東四分の三北を向いた金生丸の船首が、清運丸の左舷船首部にほぼ直角に衝突した。

当時天候は晴で、風はほとんどなく、潮候は下げ潮の末期であつた。

また、清運丸は、粗製ガソリン五〇〇トンを載せ、船首三・二〇メートル船尾三・三〇メートルの喫水で、同月三一日午後三時五〇分名古屋港第三区東亜石油株式会社岸壁(東灯台から東三、一〇〇メートルばかりの地点)を発し、山口県徳山にいたる航行の途、離岸後まもなく受審人浦上義三は、第八号灯浮標付近から第一航路に入るつもりで針路をこれにほぼ向首する西四分の三北に定め、機関の回転数を半速力より少し大目にかけ、約六ノツトの速力で進行したところ、日清製粉桟橋並航後まもなく右舷船首にあたり第一航路を出航中の大型船を認め、その動静を見ながら適宜減速若しくは停止すれば、同針路のまま航路に入り同船の後について出航できる状況であつたのに、同時五九分ごろ同灯浮標六〇〇メートルばかりに近づいたとき、左舵をとり、針路を徐々に左に転じ、第六号灯浮標を船首少し左舷寄りに見て前示防波堤入口に向く南西微西四分の一西の針路とし、同船が通り過ぎたら航路に入るつもりで同速力のまま航路外を続航した。

同四時二分ごろ第八号灯浮標から南四分の三西三〇〇メートルばかりの地点に達したとき、浦上受審人は、左舷船首約二分の一点九〇〇メートルばかりのところに、防波堤入口に向けて第一航路を入航して来る金生丸を初めて認めたが、自船が出航中であるから相手船において避航するものと思い、同一針路のまま進行したところ、相手船に避航の気配なく依然入航態勢で接近した。

このような場合、浦上受審人としては、警告信号を吹鳴して相手船の動向に注意を払う必要があつたが、同人は、その措置をとらないまま進行中、金生丸がほぼ正船首近距離に迫り、衝突の危険を感じたのに、すみやかに行きあしを止めることなく、第一航路に入つた同時四分半ごろこれを左舷に替わそうと思い、右舵一杯にとり、機関を全速力後進にかけたが、効なく、船首がほぼ北西二分の一西に向いたとき前示のとおり衝突した。

衝突の結果、金生丸は右舷船首外板に凹損を生じ、清運丸は船首部左舷側外板に小き裂を伴う凹損を生じて付近要材を曲損したが、両船とも浸水なく、のちいずれも修理された。

(証拠)〈省略〉

(航法の適用)

本件は、名古屋港外港第一航路をこれに沿つて入航する金生丸と、防波堤入口付近で航路に入つた出航中の清運丸とが、高潮防波堤入口の内側約一二〇メートルの航路内で衝突したものである。

およそ防波堤入口及び入口付近において、出航する汽船と入航する汽船とが出会うおそれがあるときは、入航する汽船が、防波堤の外側で出航する汽船の進路を避けなければならないことは、港則法第一五条に規定されているところであり、このことは、たとえ防波堤入口付近に航路が設けられている場合でも、防波堤の入口及び入口付近が航路のうちの特定な水域であるから、同法第一四条第一項の規定に優先し、同法第一五条が適用されることとなる。

従つて本件において、衝突地点及び両船の運航模様を検討すれば、明らかに防波堤入口付近で出会うおそれのある場合に当たるから、入航する金生丸は、防波堤の外で出航する清運丸の進路を避けなければならない。

(原因)

本件衝突は、名古屋港外航第一航路を入航中の第八金生丸と出航中の第三清運丸とが、高潮防波堤入口付近で出会うおそれがある場合、第八金生丸側において、同防波堤の外で相手船の進路を避けることなくそのまま入航したことと、第三清運丸側において、すみやかに航路に入つて出航できる状況であつたのに、同防波堤入口付近に至るまで航路外を進行し、入航してくる相手船を認めながら警告信号を吹鳴せず、かつ、接近しても速やかに行きあしを止めることなく、激右転して相手船の前路に進出したこととに因つて発生したものである。

(受審人の所為)

受審人森竹壽が、入航中、出航して来る相手船を認め、同船と防波堤の入口付近で出会うおそれがある場合、速やかに行きあしを止めるなどして防波堤の外でその進路を避けるべきであつたのに、これを怠り、防波堤入口に向け続航したことは職務上の過失であり、その所為に対しては、海難審判法第四条第二項の規定により、同法第五条第一項第三号を適用して同人を戒告する。

受審人浦上義三が、出航するにあたり、できるだけ速やかに航路に入るべきであつたのに、防波堤入口付近に至るまで航路外を進行したばかりでなく、防波堤に近づき入航して来る相手船を認めた場合、警告信号を吹鳴し、接近するに及んでは速やかに行きあしを止めるなどの措置を講ずべきであつたのに、これを怠り、接近してから針路を右転して相手船の前路に進出したことは、いずれも職務上の過失であり、その所為に対しては、海難審判法第四条第二項の規定により、同法第五条第一項第三号を適用して同人を戒告する。

よつて主文のとおり裁決する。

当海難審判庁は、受審人森竹壽及び同浦上義三を呼出したが、いずれも正当な理由なく出頭しなかつたので、海難審判法第三九条ただし書の規定により、両人欠席のまま裁決する。

昭和五七年五月二八日

高等海難審判庁

審判長 審判官 三田達三

審判官 林至

審判官 田原不二三

審判官 冨岡良平

審判官 近岡廣

図〈省略〉

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